占星学と心の探求

占星学の心理的・エネルギー的・構造的視点

性エネルギーの原初

オナニーをしていれば分かるが、性欲の根本的なものは「異性的な資質にふれたい」という欲求だと思う。人は自分と反対の性に対して深い憧れがある。普段の自分(性)では届かないものだからこそなんとかそれを手に入れたい・ふれたいと強く願う。男性なら女性が持っている美しさ・柔らかさ・優しさ・受容力・包容力・温かさ、そういったものにふれたい、自分のものにしたいと。女性なら男性が持っている格好良さ・力強さ・逞しさ・能動力・活発性、そういったものにふれたい、自分のものにしたいと。

それが性欲となり、異性とセックスしたい(付き合いたい)というい原初的なエネルギーになるわけだ。

オナニーというのは、実際の異性との付き合いとは少し違っていて、すごく個人的・内面的・自己的な行為だと思う。それは自分が心の中で想像する「異性イメージ」を強く意識させ、それとまぐわうための色々な方法論(エロ行為)を考え出す。その時、エロの情熱に飲まれながら知らず知らずのうちに異性イメージを自分の中に取り込んでいるわけだ。この「異性的イメージ」に対する欲求は明らかに「実際の人間としての異性」の付き合いとは分けて考えるべきだと思っている。それはオナニーと実際の異性とのセックスの違いではっきり分かることだ。


そういう視点で性エネルギーを考えてみよう。占星学の教科書では性エネルギーは「火星と金星が現す」と考えるのが基本になっている。ではなぜ火星と金星なのか?

あくまで仮説だが、地球を中心として地動説的宇宙を見た時、内惑星側へと向かう最初の惑星が「金星」となっていて、外惑星側へと向い最初の惑星が「火星」となっているところに秘密があるのではないだろうか?

性エネルギーの原初

月はもちろん地球を中心に公転しているので左右どちらも含んでいる。それに対して金星は内惑星側へと、火星は外惑星側へと向かう最初の惑星になっている。この原初としての2方向(内側&外側)がそれぞれ陰的なもの=女性性、陽的なもの=男性性の基本的エネルギーになっているのではないだろうか?

私たちが個として性的な資質を備えようとするとき、「内側へ向かうエネルギー=女性性」・「外側へ向かうエネルギー=男性性」それぞれ2つの方向性を区別し、それが肉体的な女性 or 男性としての性別差として現れる。

女性として生まれたものは反対性である男性性(外向的エネルギーの原初)をなんとか自分のものとしようと性の欲求を覚え、男性として生まれたものは反対性である女性性(内向的エネルギーの原初)をなんとか自分のものとしようと性の欲求を覚える。それが性的エネルギーの最も基本的・原初的エネルギーとして私たちの本能に含まれるのではないだろうか?と。


そういう仮説に立つと、「反対性への欲求」と「個としての特定他者とのまぐわい欲求(いわゆる恋・愛)」は分けて考えるべきなのではないかと思う。確かにこの2つは重なる部分がある。だが男性にとって反対性である女性性的資質は永遠の課題であり、女性にとって反対性である男性性的資質は永遠の課題である。それは「自己の統合」という意味において自分自身の内面において行うべき作業。実際の個である特定他者とのふれあいは、確かにそれに刺激を与えてくれるものではあるが、「自己の内面作業(男性性・女性性の統合作業)」と「自立した個との融合」とは別個のものなのではないかと。

そう考えると「他者とのまぐわい」である天秤座・蠍座の支配性が金星・火星と考えることの矛盾も見えてくる。異性性ではないのだ。天秤座と蠍座は「他者」と関わる星座であり、性エネルギーを超越したところにある意識だと言える。そういう考えに至ったとき、天秤座・蠍座(7ハウス・8ハウス)に対するもっと深遠なものが見えてくるのではないだろうか。


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